大判例

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高松高等裁判所 昭和24年(控)1121号 判決 1951年8月24日

控訴人 被告人 越智万助

弁護人 松本梅太郎

検察官 大前滝三関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金壱万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金弍百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人松本梅太郎の控訴趣意は別紙記載の通りである。

控訴趣意第一点の一について。

収税官吏は所得税に関する調査について必要があるときは裁判官の許可状がなくても帳簿、書類等を検査することが出来ることは国税犯則取締法第一条所得税法第六十三条によつて明らかであり(但し強制力をもつて検査する場合は裁判官の許可状を要するけれども)又本件のように収税官吏であることが争いのなかつた場合は国税犯則取締法第四条の身分証明票を携帯していなかつたとしても右の検査はできるものと解すべきであるから論旨は理由がない。

同第一点の二及び第二点について。

本件訴訟記録並びに原審及び当審に於て取調べた証拠を精査し弁護人の援用する事実を検討するに原審が其判決挙示の証拠によつて原判決摘示の所得税法第六十三条第三号前段及び同法第七十条第五号の要件を充実する検査忌避の事実を認めたのは相当であり所論のような事実誤認はない。論旨は理由がない。

同三点について。

原判決に於てその摘示事実に対し所得税法第七十条第五号第六十三条第三号を適用し被告人を処断したのは相当である。弁護人の本件に於ては周布村農業協同組合を処罰すべきであつて被告人にはその刑責はないとの論旨には賛成出来ない。

同第四点について。

量刑不当の論旨につき考察するに原審及び当審に於て取調べた証拠を検討し弁護人の援用する事実を斟酌すれば被告人が本件犯罪を敢てするに至つたのは(1) 本件組合の組合長として組合の業績を上げたかつたことに在つて私慾に出たのではないこと。(2) 農村課税対策委員会の勢力に引きづられたのであること、その他の情状が窺われるから原審が被告人を罰金三万円に処したのは稍酷と思われる。故に此の点に関する論旨は理由がある。

仍て刑事訴訟法第三百八十一条第三百九十七条によつて原判決を破棄し同法第四百条但書の規定に従い当裁判所に於て次の通り自判することにする。

罪となるべき事実及びこれを認めた証拠は原判決に記載の通りであるからここにこれを引用する。

法律に照すと被告人の判示所為は昭和二十五年法律第七十一号による 改正前の所得税法第七十条第五号第六十三条第三号前段罰金等臨時措置法第二条に該当するから所定刑中罰金刑を選択し その罰金額の範囲内に於て被告人を罰金一万円に処し右罰金を完納しないときは刑法第十八条に則り二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することにし、刑事訴訟法第百八十一条により当審の訴訟費用は被告人をして負担させるものとする。

仍て主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 萩原敏一 判事 浮田茂男)

弁護人松本梅太郎の控訴趣意

第一点原判決は事実の誤認があつた。

一、所得税法(以下単に法と称す)第六十三条に規定する帳簿書類の検査権があるのは単に収税官吏であるという丈けでは無く更に法令の規定、同法施行規則に基いて必ず検査章を携帯しなければならない。之れは収税官吏であると言う一の証明に止まるものでは無く一種の検査を為し得る資格要件とも云わなくてはなりません(之は刑訴法の捜査に関する規定と対比し又憲法の基本的人権に関する条項とを考えて最も厳重に解釈すべきものと思料す)然るに原審採用の証拠は勿論公判提出の全証拠を以てしても右検査章を携帯の事実は立証されて居らない。若しも真実之れを携帯して居らなかつたとすれば正当な権利を行使し得ない。収税官吏西森等に対し帳簿書類の提出、検査を忌避したとしても同法第七十条第五号に該当する分けが無い。原審は之の点を明かにせず恰も収税官吏が検査章携帯の上、正当適法な職務行為であつたかの様に事実を誤信して居るから不可ない。

二、原判決は「帳簿書類の検査を求められた際……検査に応ぜず忌避した」と判示されて居る。然し被告人が西森等に為した態度が果して忌避と云えるであろうか。

(一)昭和二十二年度所得税更正決定調査に収税官吏が来た時、農民代表者(今井重雄)が曾つて周布村農業協同組合の資料のみ精査し商人の調査を等閑に附した為め 組合と取引した組合員は大変多額の課税を受け、一般商人と取引した組合員は却つて不当に少額の課税を受けたのみで之れが為め組合内に組合に対する不信の声が起き此の儘であれば折角苦心して創立した計りの組合は倒壊する旨の苦衷を披瀝して爾後一般商人を厳重に精査した後に組合に来らるれば大いに協力し適正妥当なる課税を為し得る様努力する旨陳情、同収税官吏も亦之を諒とした事実(第二回公判に於ける被告人の供述の趣旨)判示の「組合運営上支障」に付き陳情し

(二)昭和二十四年二月四日阿部、曾我部両収税官吏の来村の節にも右事情を陳情して他の商人の方を先きに調べて貰う様陳情し「確約した」「先日署員が参りまして申し上げた通り確約して居」(公判に於ける被告人の供述)確約して居つた事実

(三)同月十六日西森外一名が来訪した時にも「組合の分のみの資料や帳簿の上の明らかな分を資料に取る……商人の方を先きに調べて呉」(西森証人の証言)「先に出張された人達(阿部、曾我部)に諒解を得て居るから商人の方を調査した後であれば帳簿をみせる」(被告人の昭和二十四年三月十七日附供述書)等の事実

右の様に正当な事情を具陳し収税官吏もこれを諒とし確約をしたことは明瞭である、凡そ右収税官吏は税務署長の補助機関であつてその補助機関の為した行為の効果は官庁たるべき税務署長に帰すものであるから、当然税務署としては確約に従つて之を履行した事を被告人に納得せしめなければならない。若し納得すれば被告人は心よく応じたであろうことは全調書に依つて明かである。然るに西森等は単に「十分考慮し各商人調査中にして」(聞取書)というのみで調査終了したとは言わず被告人に対し確約の履行を告知せず、尤も原審西森の証言では「十分調査さし直野虎太郎も調べて告発もしている」とあるは恐らくは偽証であることは「聞取書の内容と相違している」と同人の述べて居ることに該当するものである。之要するに被告人は忌避したのでは無く民法に言う同時履行的な極言すれば組合検査の前提条件の履行を求めその履行あれば即ち「商人の方を調査してからにして下さい」(被告人の公判調書中の供述)との正当な主張を為したに過ぎない。然るに西森等は「拒否すると責任罰を負わねばならん」(同人の証言)と威丈高となり当時税務フアツシヨと世論に攻撃された事実を其儘暴露して居ることを証言して居り、被告人の公判調書中「商人の方を調べて呉れと頼んであつたので西森等はそのことについては何も言いませんでしたから結局私は帳簿を出さなかつたのであります」と供述し又「問―帰るとき夕食を食べたりしてなごやかに帰つたのか、答―帰りました」(西森の証言)等から推して被告人は忌避したものの如く「問―取調に来たのに見せなかつたとすれば拒否したことにならないか」(公判調書中裁判官の問)等事実を誤認した判決であると思料する。

第二点原判決は事実誤認か審理不尽の点がある。原判決中罪となるべき事実中「被告人は組合員である生産者等から米麦藁工品等の買受け乃至政府その他に販売の委託を受け その代金を支払い乃至引渡す事業をしている周布村農業協同組合の組合長である」と判示しているが、被告人が右組合長であることは間違いないが右組合が判示引用証拠に依つては之れを認める何等の証拠は無い。寧ろ米麦に付いては食糧管理法施行規則では市町村長等がその業と為し(地方長官の指示により)又叭等は農産品配給規則に依り免許を受けたもの即ち商人又は県連合会が業として為すもので、右協同組合が業として為す者ではない。然るに右協同組合を恰も法第六十三条第三号に該当する者と為したのは審理不尽又は事実誤認の違法があるか、証拠によらず事実の認定を為した違法がある。

第三点擬律錯誤の違法がある。

法第六十三条第三号に依り検査せらる客体は、周布村農業協同組合であつて、被告人は只その組合長たる機関に過ぎない。然るに原判決は只法第六十三条第三号、所得税法第七十条第五号により個人たる被告人を処罰して居るのは擬律鎧誤の違法がある

第四点原判決は量刑重きに過ぎる。

以上の点が仮に事由が無いとしても忌避した被告人は自己の利慾に基くもので無く、且つ前述第一の二に詳述した事情に依り(一)阿部、曾我部との前約又今井重雄と収税官吏との約束に依つて先づ其の履行を求めたこと(三)其の前約履行を求めたことは「前年の例によると農業会が税務署に叭の所得調査資料を提供した為生産者は農業会に出荷せず 商人方面に販売するのが多くなつたこともあり」(被告人の昭和二十四年三月十七日附供述書)「組合の経営は立行かぬ」(同上)等の事情に依つて商人の方面と同等の課税を求めたこと(三)単に課税の低減を求める意味ではなく公正妥当な課税を為さしむるに協力する意味であつたことは全供述によつて明瞭なること(四)「貴署員出張の際にも申上げた通り田畑耕作反別同生産高等については周布村長と協議し適否課税目的必要に大なると考え資料を提示した通り」(聞取書)等とあり聞取書は簡に失し要を得て居らぬが事実は被告人と村長協議の上既に昭和二十四年三月十六日以前(阿部、曾我部両名に)供出、超過供出台帳及び耕作反別台帳等を提示検査に心好く応じたので、昭和二十二年度産米供出の価格差額金、同二十三年度米の供出代金―支払乃至引渡に関する事項は税務署に於て明瞭となつて居つたので之れ以上検査の必要は無かつたものである。従つて「答―叭を調べると言うていました」(被告人の公判供述)とあるに依つて明かである。右の如く被告人は出来得る限り収税官吏に協力し適正課税に努力して居つた事実

殊に米麦につきては前述の様に村長の職責であるに付 村長に就き又叭等については県連合会で検査すれば極めて容易且つ正確であり、殊に其れが本筋である。之れを周布村農業協同組合で検査する事は変態であり、不穏当である。然も前述の如く確約の履行を求めたるに之に対する被告人に納得の行く説明を為さず、強圧的に横車を押した西森等の収税官に重大な怠慢と過失がある、右の事情を考慮すると罰金参万円の判決は重きに失する。

右につき原判決を破棄し更に適当な御判決を求めます。

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